馬鹿の分類法と付き合い方 (2000.11.7)


 今日は、「馬鹿」について考察したいと思います。まぁ、こんな駄文が好きな人は、多分趣味が合うと思いますので(笑)、意見・感想をメールしていただけるとありがたいです。


 今まで、色々な馬鹿と付き合ってきましたが、大きく分けて3種類に分類されると思われます。

倫理観・ルート探索能力 ルート探索能力・高 ルート探索能力・低
倫理観・正常 頭が良い人 分類1 (一般的な馬鹿)
倫理観・異常 分類2 (見かけは正常だが実は馬鹿) 分類3 (本物の馬鹿・キチガイとも言われるが偽装キチガイも多い)

1.第1分類の馬鹿 (一般的な馬鹿)

 これは、倫理観は正常であるが、思考回路の能力が低いので、馬鹿だと思われるタイプ。

 修正舵(教育とも言う)を当てることにより、ある程度の補正は可能だし、倫理観・道徳観は正常なので、人に危害を加えることは少ない、平和な馬鹿。外見で区別ができるので、避けやすいけど、別に避ける必要はない。普通に付き合うと、幸せになれると思う。深く付き合うといらつくけど、いらつくのは自分の責任であり、相手にそこまで求めることは間違っていると思う。

 自分がこの分類に入ると思ったら、相場に手を出してはいけない。貯金しなさい。

2.第2分類の馬鹿 (見かけは正常だが実は馬鹿)

 日本人で、特に高等教育を受けた人に多い。倫理観・道徳観が異常で、頭の回転が速いタイプ。

 この馬鹿は、見た目は頭が良いように見えるが、「絶対に近寄ってはいけない」。このタイプの馬鹿は分類1と2の馬鹿を巻き込んで、分類3の馬鹿にする能力がある。道連れにならないように注意。

 このタイプの馬鹿の困るところは、論理に「妙な」説得力があること。実は、第3分類よりも犯罪を犯す可能性が高いような気がする。確率的には思考回路が正常な分低いが、この手の馬鹿は絶対数が多いので数字で現れる犯罪の半分はこのタイプだと思う。犯罪までは至らないとしても、「結果的に」人を騙すケースが多い。
 思考回路は正常なので、ついうっかり信じてしまいがちであるが、思考回路は正常でも、根本が馬鹿なので得られる結論が馬鹿になってしまう。
 また、このタイプの馬鹿と他の馬鹿と違うところは「自分は馬鹿であると気付いていない」こと。簡単な見分け方は説教好きかどうか。この手の馬鹿は、人を説教しようとする癖を持つことが多い。
 人を巻き込むだけの能力があるため、馬鹿の感染力が非常に強く、社会的に最も有害な人種である。そばにいるのは極めて危険なので、積極的に避けた方が良い。

 正しい結論というのは、正常な倫理観無しには得られないものだと思う。根本が馬鹿だと、いくらルートが正しくても、正しい結論は得られないんじゃないだろうか。
 大抵の詐欺・戦争・倒産・破産・パニック・精神異常などの症状は、この手の馬鹿が他の分類の馬鹿を巻き込んでしまった結果として起こるのだろうと思う。

 馬鹿は人にうつるのだ。この手の馬鹿のそばに近寄ってはいけない。本当は法定伝染病並みの隔離をしなければいけないが、人権上の問題に結構詳しかったりする知識馬鹿が多いのと、数が多過ぎて監禁しても無駄なので、無駄な抵抗はせず、無視すること。個人的には、この手の馬鹿には、その昔、日本人が韓国人にした位のことをしないといけないと思っている。あそこまでひどいことをすると、現代では犯罪になってしまうけど、ふとしてしまいたくなる誘惑に駆られる。
 特に第1分類に当てはまる人は、第2分類と第3分類の境界線まで一気に追いやられて最悪の人間になる可能性があるので、「何かこの人おかしい」と直感したら、厳重な注意と監視をしたほうが良い。

 確率は低いが、自分が馬鹿であることを思い知った時に更生するので、そうなりそうな時には側にいてあげることをお勧めする。そこまで理解できれば親友になれるし、もともと切れは良いので、根本が直ると面白い人間になる。

 この手の馬鹿にはアドバイスは無いし、しても無駄なのでしない。万が一、自分がそうだと思ったら、世のため人のために恐山に行って自らを監禁してください(笑)。

3.第3分類の馬鹿 (本物の馬鹿)

 金銭が絡まなければ、意外と付き合いやすい人が多い。見てすぐ解るし、人に感染させる意思も力もほとんど無いので、付き合っても馬鹿に感染する確率は低い。犯罪を犯す可能性が高いが、更生してしまい根本が直ると、思考回路まで直ってしまうケースが多い。

 この手の馬鹿が更生すると、非常に社会に有益になる。実社会では、修羅場を経験している分、危機の時に強く、もともとある才能を発揮して一目置かれる存在になることが多いので、ある程度の距離をおいて付き合う価値はある。

 あと、本当に頭の良い人が偽装キチガイをした場合、この分類に見える場合がある。偽装だと確信したら、親友になっておいて間違いない。相場上手に結構多いので、当たればでかい。そんな人は「倫理観の揺れ」まで理解しているんで扱いに困るんだけど(注・参照)。

 ただ、最悪の人間は、第2分類の馬鹿と第3分類の馬鹿の境界線にいる人間である。この見極めはきわめて難しいので、用心深い人、特に第1分類に当たると自覚している人は、近寄らないほうが無難。

 自分がこの分類に属すると鑑定できる人は、この分類の人ではないか、偽装である。偽装であれば、何の問題も無いので、お好きなように生きたら良いと思います(笑)。


 多分、この分類は未来永劫1つの分類にとどまるのではなく、人格形成とともに居場所が変化しているようだ。特に年齢を経るとともに、やはり、倫理観もルート探索能力も落ちていくような気がする。
 意識して保つ努力をしなければの話だけど、基本的に人間はみな「本物の馬鹿」に向かって歩いているわけ。

 私が思う最悪の人間である第2分類と第3分類の境界線というのは、たとえ年をとって種々の面での能力が落ちて行くとしても、倫理観だけでも正常に保つ努力をすれば、自らがそれになる危険は避けられるのではないかと思う。


 とりあえず第1分類の馬鹿までで収めておいて、最悪の場合でも一気に第3分類までボケて死ぬ(笑)というのが一番幸せな生き方なのではないかと考える今日この頃です。

 私は、やっぱり自分は馬鹿だと思うのですが、「自分は馬鹿である」とは自覚しているし、相場は下手なので、第1分類に属していると思います(笑)。こんな観点で人間を見ていると、人間ウオッチングって究極の趣味になりますね。面白い。

 地域的傾向を見ると、これまた面白いです。大阪・京都で言う「アホ」は、個人的な感覚では第2分類の馬鹿を除いた馬鹿を指すと思います。少なくとも第1・第3分類の馬鹿にとっては大阪・京都は住みやすいですね。首都圏には、第2分類の馬鹿が多いと思います。時たま第3分類の人に出会いますが、偽装が多いです。
 でも、この偽装の人間の質は、明らかに高いです。だから、この辺は、「住みやすいとは思わないけど面白い」んだと思います。


注:「倫理観の揺れ」は、例えば、資本主義社会の歴史とか、恋愛観・結婚観の歴史とかを少しかじると解ると思いますが、歴史的に見て倫理観というのは普遍なものでは無く、揺れているという意味です。それが理解できないと、多分、相場では負けます。そんなに世の中甘くはありません。